コラム

いい心持ち

 落語では、心地よさの感情を表す際に「いい心持ちだ」と言う時があります。現在はあまり使われない言葉ですが、落語家がテレビのレポーターなどを行っている時、よくこの言葉を耳にします。九代目 林家正蔵、お亡くなりになった六代目 三遊亭円楽が、普段の生活の中で「いい心持ちだ」と表現していたのを覚えています。

 心地よいといえば、花の香りは人の気分をやわらげ、疲れた際に気持ちを落ち着かす働きがあります。つまり「いい心持ちにしてくれる」ということです。

 日本の三大香木とされるものに、春の到来を告げるジンチョウゲ、初夏のクチナシ、秋のキンモクセイがあります。どの樹木もいい香りがして庭に植栽されることが多い樹種です。

 私が東京農業大学に入学した昭和55年、住まいは世田谷区の経堂、道は狭く住宅街で学生も多い地域です。私が最初に住んだアパートは、古い2階建てで玄関のわきに小さな花壇があり、ジンチョウゲが植えてありました。

 入学当初は、気を張ることも多く忙しい日々を過ごしました。見るもの、聞くものみな初めての事ばかりで、心身の疲れもわからず若さゆえ只はしゃいでいたと思います。毎日深夜まで酒を飲み、頭がガンガンして寝坊したある日、ふと窓の外から甘く爽やかな香りが漂い、北海道では嗅いだことの無いみずみずしく甘酸っぱい香りを嗅ぎました。

 「うん、なんて良い香りなんだろう。」ほんのり漂うジンチョウゲの香りが、心にしみじみ沁み渡り、この感覚が「ああ、いい心持ちだ」とその時思いました。「いい気分だ」「いい気持ちだ」では表せないものだと思います。

 ジンチョウゲの香りはリナロール、シトロネロール等の120種類以上の香り成分で構成されています。樹木(植物)の花は、この複雑な合成をいとも簡単に行っています。人がジンチョウゲの成分を抽出して精油を作る事はすごく難しいとされます。これからは花を見るのもいいですが、香りも楽しんでみてください。

ジンチョウゲ(沈丁花)

一般社団法人 日本樹木医会

樹木医登録番号 1860号

㈱旭川公園管理センター

樹木医 内 田 則 彦